Y 近代社会の胎動
1 近代社会への志向
1 近代の世界
東洋の近代
 西洋の近代化は、相対的に東洋の社会への脅威を与えた。産業革命が広がり資本主義が発達するとすぐに、国力を増強させた西洋列強は、後進地域への進出をはかった。

 これに対して、当時反映を誇っていた清をはじめとするアジアの伝統王朝は、内部の財弱せいによって次第に衰弱して、新しい状況に能動的に対処することができなかった。

 西洋列強のアジア侵略は、前例のない脅威的なもので、アジアの大部分の地域を植民地または半植民地にして、原料の供給地と商品の市場として確保しようとするものであった。このような列強の挑戦に直面したアジアの国ぐには、自らの国を守るための民族運動とともに、改革をとおして自強を達成しようとする開花運動を推進した。中国での太平天国運動と洋務運動、日本での明治維新、インドでのセポイ抗争とスワラージ運動などはそのような動きであった。

 アジアの国ぐには、自ら国を守るための民族運動を粘り強く展開したにもかかわらず、協力な武力をもった西洋列強についに服属させられ、大部分植民地に転落した。ただし、日本だけは西洋列強といちはやく妥協し積極的な近代化政策を推し進めた結果、帝国主義列強の列に並ぶようになった。アジアの国ぐには植民地に転落しながらも、近代的制度の導入と産業化を進めていった。しかしそれは真の近代化の道ではなく、植民地体制への編入過程であったために、東洋の近代化は様々な面において問題をかかえることになった。


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