W 中世社会の発展
3 中世の社会と経済
4 経済活動の進展
対外貿易
 国内の商業がある程度発達するにつれて外国との貿易が活発になった。礼成江河口の碧瀾渡は対外貿易の発展とともに国際貿易港として繁盛た。

 高麗の対外貿易で最も大きな比重を占めたのは対宋貿易であった。高麗は宋から絹織物、薬剤、書籍、楽器などを輸入し、金、銀、人参などの原料と紙、筆、墨、扇、螺細漆器、花ござなどの手工業品を輸出した。

高麗の対外貿易
[図:高麗の対外貿易]
 とくに、高麗の紙や墨は質がすぐれて、宋の文人が貴重視したので高い値段で輸出した。

 対宋貿易の通路としては、北宋時代には碧瀾渡−甕津−山束半島−登州の通路が利用され、南宋時代には碧瀾渡−黒山島−明州の通路か利用された。

 契丹、女真とも貿易が行なわれた。契丹は銀をもってきて食料、文房具、銅、鉄などを輸入していき、女真は銀、毛皮、馬などで食料、鉄製農器具などと交換していった。日本とも貿易をしたが、宋、契丹等に比してさほと活発ではなかった。

 一方、大食国人と呼ばれたアラビア商人も水銀、香料、珊瑚をもって、宋を経て高麗に人ってきて貿易をした。彼らの往来によってCoreaという名前が西方に知られるようになった。 



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