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WBC 敗北は認めたくない
 予選の成績は日本より韓国が上/イチロー叩き

朝鮮日報 2006/03/20 23:21

【WBC】「気の抜けたビール」…主役不在の決勝戦 

 気の抜けたビールと言っても過言ではないだろう。

 米国が企てたシナリオとは全く違う方向に進展したワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が21日(韓国時間)、日本とキューバの決勝戦を残すのみとなった。ところで最も高まるべき決勝戦に対する関心が覚めやっている雰囲気だ。

 当然決勝まで生き残ると思われた米国が脱落したためだ。もちろん、米国が脱落した背景には韓国の善戦があったわけだが、主催国の脱落はやはり大会に対する関心をそぎ落とす形となった。

 波乱の主人公となった韓国が決勝進出できなかったことも、終盤の熱気が冷えやってしまった一因

 韓国が米国と日本を相次いで倒し、米メディアはその新鮮なショックをニュースとしながら話題に事欠かなかった。話題の主人公だった韓国が舞台裏に退いて以降、これ以上驚くべきニュースは見られなくなった。

 米国野球はキューバを通じ大恥をかいた。米国との交流が絶たれているキューバは、今大会に参加すること自体が不透明だった。米財務部が就労ビザ問題を取り上げ、キューバ代表チームの入国を拒否したためだ。

 米メディアが大騒ぎしたことで大会参加が可能となった。キューバはWBCを通じて獲得した収益金のすべてをハリケーン「カトリーナ」の被災地に寄付するという公約も掲げた。

 貧しいキューバが金持ちの米国を助けるという皮肉な状況の中、大会が幕を開けたのだ。

 そのようなキューバが決勝まで勝ち残った。米国は2000年シドニー五輪の時、トリプルAの選手が主軸となった代表チームを構成し、決勝でキューバを破って金メダルを獲得した。

 以来キューバ野球をワンランク低く見てきたのは事実だ。今回のWBCを通じすべての考えを改めるべきだろう。

サンディエゴ(米カリフォルニア州)=キム・ナムヒョン特派員

『スポーツ朝鮮』

中央日報 2006.03.20 14:49:24

<WBC>「卑劣な手口の対戦カード」…日本だけ‘にやり’

 日本は米国が作ったシナリオから最大の恩恵を受けた結果となった。

 理解しにくい今回の大会カードはWBCを主催したメジャーリーグ事務局がメジャーリーグ方式を適用して作ったのだ。メジャーリーグプレーオフのように1組は1組チーム同士、2組は2組同士最終1位のチームを決定し、ワールドシリーズのような最終決勝戦を行うことにしたのだ。

 普通のトーナメントでは各組1、2位のチームがクロスで戦うが、そのようになれば1組1位の韓国は2組2位のキューバと、1組2位の日本は2組1位のドミニカ共和国と対決したはずだ。米国に有利になるような「卑劣な手口」の対戦カードだったという非難があったが、米国人は全く変だとは思わなかっただろう。

 しかし確かに米国に有利な対戦カードだった。2組のドミニカ共和国はメジャーリーガーだけで構成された代表チームを結成し、キューバはアマチュア最強として米国をおびやかすことができる戦力だ。米国はこれらをすべて避けたのだ。もし対戦カードの作成に意図があったのなら米国が韓国や日本をメジャーリーガーたちで構成された中南米の国々より甘く見たわけだ。

 政治的な面で見たら米国政府が大会参加にまったをかけたキューバが米国本土を踏まずにプエルトリコ(1ラウンド)で試合をして帰ることもかなったかもしれない。

 しかし米国の計算は外れた。米国は結局韓国とメキシコに負けて脱落し、韓国と日本はWBCを「韓日スーパーゲーム」にした。

ホ・ジンソク記者 <huhball@joongang.co.kr>

朝鮮日報 2006/03/20 11:34

【WBC】「3敗した日本の決勝進出、奇妙な対戦方式に起因」

 「日本、ついに復讐遂げる」(AP)

 「王ジャパン決勝進出」(日刊スポーツ)

 海外マスコミも韓国の脱落と日本の決勝進出を中心に取り上げた。特に、日本のマスコミは試合経過をリアルタイムでインターネットに載せるなど、深い関心を示した。AP通信は「韓国ファンは1つストライクが入るたびに青い応援の棒を叩いて熱狂した。日本は三度の試合のうちたった一度勝っただけだが、決勝に進むにはこれで十分だった」と書いた。

 MLBドットコムのコラムニスト、マイク・バウマン氏は「キューバと日本、サプライズ決勝進出」という記事で「日本はこの大会4勝3敗なのに決勝に上がり、韓国は6勝1敗なのに脱落した」と大会の奇妙な対戦方式を皮肉った。同氏は「曖昧な対戦方式のせいで日本は韓国に1勝2敗、韓国は日本に2勝1敗だったのにもかかわらず韓国が脱落した」としている。

 日刊スポーツは「この大会で2連敗を食らった韓国に雪辱して決勝に上がった」と興奮した。同紙は「代打・福留の先制ホームランが扉を開いた。7回、日本の強打線が強力な韓国の中継ぎ陣を襲った」と書いた。

 毎日新聞は「街頭応援の韓国国民、ため息」という記事で「日本戦3連勝を望んでいたソウルの約5万人の街頭応援団はため息をついた。しかし韓国マスコミは世界の強国を相手にベスト4に入った自国チームによく戦ったという反応を示した」と報道した。

キム・ドンソク記者

朝鮮日報 2006/03/20 14:58

【WBC】決勝は「4勝」日本対「5勝」キューバ

 21日午前11時(韓国時間)、WBC決勝で日本と戦う相手はキューバだ。キューバは19日にドミニカ共和国を3−1で破り、2次リーグ敗北(3−7)の雪辱を果たした。キューバは6回裏、2死1・3塁から2塁手グリエルの悪送球で1点先制された。しかし7回表にグリエル、ボレロらの4安打と犠牲フライで3点を奪い。一気に勝負をひっくり返した。

 キューバは選手全員が国内派というアマチュアチームだ。しかしスキのない組織力で米大リーガーが揃うプエルトリコやドミニカ共和国を退け、アマ・プロ統合チャンピオンを狙っている。野球がオリンピック種目に初めて採用された1992年、1996年、2004年のオリンピックで三度金メダルに輝き、昨年11月のアマチュア大会・オランダ野球ワールドカップでは韓国を破って優勝した。

『スポーツ朝鮮』

中央日報 2006.03.19 18:03:23

<WBC>4勝3敗の日本と5勝2敗のキューバが決勝進出 …「異変の大会」

 第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)は結局、‘異変の大会’だった。

 19日(日本時間)の準決勝で、選手全員がアマチュアのキューバが、メジャーリーガー34人が布陣するドミニカ共和国を3−1で破って決勝に進出した。

 米国がメキシコに敗れたことで奇跡的に準決勝に進出した日本も、第1・2ラウンドでともに敗れた韓国を6−0で破り、決勝に進んだ。

 第1・2ラウンドでともに2位と、辛うじて残ったチームの間で優勝を争うことになったのだ。

 キューバは第1ラウンドC組でプエルトリコに敗れて2位(2勝1敗)で第2ラウンド(8強)に進出、同ラウンドでも2勝1敗と同率のドミニカ共和国より失点が多く、2位で準決勝に上がった。 しかし準決勝でドミニカ共和国を破り、優勝をねらうことになった。

 7試合で5勝2敗のキューバよりも成績の低いチームが日本だ。 日本は第1ラウンドA組で韓国に次ぐ2位(2勝1敗)、第2ラウンドでは韓国と米国に敗れたが、同率の米国・メキシコよりも3チーム間の失点が少なかったことで、準決勝に進出する幸運をつかんだ。 そして同カード3試合目で韓国を破り、4勝3敗という成績で決勝に進出した。

サンディエゴ=成百柔(ソン・ベクユ)記者 <carolina@joongang.co.kr>

朝鮮日報 2006/03/19 17:24

【WBC】イ・スンヨプ「ルールが間違っている」

 イ・スンヨプ(30/読売)が「ルールが間違っている」と不満を口にした。

 19日、イ・スンヨプは準決勝終了後のインタビューで「最善を尽くした。6勝1敗だったがルールの間違いで脱落した。しかし今後韓国野球にナメてかかってこれないようにした点で意味があると思う」とコメントした。

朝鮮日報 2006/03/19 17:27

【WBC】イ・スンヨプ「日本に負けたとは思わない」

 イ・スンヨプは19日の準決勝終了後のインタビューで「もともとの目標であるベスト4進出に満足している。今日は日本に負けたが、すでに2回勝っているので日本に負けたとは思わない」と語った。

朝鮮日報 2006/03/22 19:34

【WBC】KBO総裁、10月以降に韓日戦を希望
「プライドが傷ついた日本は再戦を断る理由がないだろう」

 韓国野球委員会(KBO)の辛相佑総裁は22日、平和放送のラジオ番組に出演し、今年10月以降に韓日野球国家代表チームの再戦を行いたいと語った。

 辛総裁はつかみかけたWBC優勝カップを逃し国民が残念がっているという司会者の言葉に対して、「KBOの次元で両国のプロ野球のシーズンが終了する10月以降に再戦する方向で検討したい」とし、「韓国にはドーム球場がないので日本側の意思が重要だ」と話した。

 辛総裁は「今回惜しくも優勝を逃したが、実質的には韓国に2対1で負けたことを日本もよくわかっている」とし、プライドが傷ついた日本は再戦を断る理由がないだろうと語った。

中央日報 2006.03.17 09:16:54

<WBC>‘侍’イチロー、試合前の‘豪語’は‘ヒステリー’で終わる

 ‘豪語’で始まり、‘悪口’で終わった。

 日本最高の打者であり、日本代表チームでは大塚とともに今大会に出場しているメジャーリーガーのイチロー(シアトル)がうな垂れた。

 イチローは打席に入ると、あたかも日本の武士が刀を抜くようにバットを動かす。 このため日本魂を持つ日本野球の象徴と呼ばれる。

 01年メジャーリーグに進出したイチローは、04年に262安打を放ち、メジャーのシーズン最多安打記録を塗り替えた。 その年の打率は3割7分2厘だった。 今年の年俸は1250万ドルというスーパースターだ。

 イチローは国家代表などの行事に最も消極的な選手だったが、今回のWBCには日本メジャーリーガーの打者のうち唯一参加した。 愛国心を強調しながら韓国に対し「向こう30年は日本に手は出せないと思わせる」と大言壮語した。

 しかし今大会の成績はその言葉についていかなかった。 打率2割9分2厘。メジャーリーグ通算打率が3割3分2厘である点を勘案すると、自分の役割を果たせていない。

 16日の韓国戦でも、1回に安打を放ったこと意外に大きな活躍はなかった。 ファウルボールを逃すと、フェンスを足で蹴り、汚い言葉を吐いて観客から揶揄され、敗北が決まった瞬間も怒号する姿が画面に映っていた。

ソン・ホジュン記者 <karis@joongang.co.kr>

中央日報 2006.03.22 14:29:45

<WBC>世界4強金寅植監督「学業並行が野球発展へ」

 「韓国野球が発展するためには野球選手たちが学業もしっかりすべきだ」−−。

 第1回ワールドベースボールクラシック(WBC)で「信頼の野球」で韓国を4強に上げた金寅植(キム・インシク)監督は20日(日本時間)、サンディエゴを発つ前「日本のイチローが野球はうまくても、ときどきおかしな発言をして問題を起こすことも元はと言えばきちんと学んでいなかったからだ」と述べた。

 野球ファンらは日本にだけいるのではなく韓国、台湾、中国など世界のあちこちにいるのに韓国選手たちの感情に触るようなことを言うのは、教養不足だからだというのだ。

 金監督はまた「専門的リーダーを育成しなければならない」とし「現在国内で幼い選手たちを指導するコーチたちの環境は非常に劣悪だ。彼らを専門コーチに指定して良い待遇をすれば若き芽をきちんと育てることができる」と述べた。金監督は韓国プロ野球委員会(KBO)育成委員だったこともある。

 金監督は「選手たちが最善をつくして頑張ったからよい成績をおさめることができた。ただ最後の試合は非常に残念だった」と述べた。

 また「国家代表チームを率いるのは今回が最後」だとも述べた。金監督は1995年韓日プロ野球スーパーゲーム、2002年釜山(プサン)アジア大会でも代表チームの監督を務めた。多くの野球関係者から厚い信頼を受けている金監督は、最近健康状態がおもわしくなかったが、今回大会にも韓国代表チームを率いる適格者と認められて指揮官に立った。

サンディエゴ=ソン・ベクユ記者 <carolina@joongang.co.kr>

中央日報 2006.03.18 11:52:13

<WBC>韓日のリーダー李鍾範とイチロー…「兄貴」と「舎監」

 李鍾範(イ・ジョンボム、起亜)は一時「韓国のイチロー」と呼ばれた。

 李鍾範とイチロー(シアトルマリナーズ)は鋭い打撃と早い足、相手の隙をつくセンス、そして強い肩まで似ている。しかし韓国プロ野球をかき乱した李鍾範が日本に進出し4年間通算打率2割6分1厘、本塁打27本、盗塁53というぱっとしない成績をおさめてからは、彼を「韓国のイチロー」と呼ぶ人はいなくなった。

 今回、ワールドベースボールクラシック(WBC)で李鍾範とイチローは並んで韓国野球と日本野球のリーダーとして対決した。李鍾範は主将、イチローはチームの精神的な支えだった。日本は公式的なキャプテンを選ばなかったが、誰もイチローを「キャプテン」だと思った。

 主将の李鍾範とキャプテンイチロー。彼らの野球スタイルはまだ似ていたが、チームリーダーとしてのスタイルは違った。イチローは特に日本という国と日本野球のプライドを掲げた。そしてそのプライドを守るために先頭に立った。「相手に今後30年は日本に勝てないなと思わせたい」とか韓国に負けた後「僕の野球人生でもっとも屈辱的な日」という刺激的な言葉を残した。まるで寄宿舎の舎監のように後輩たちをいきり立てた。先頭に立って「俺について来い」とリードする姿だった。

 李鍾範は「兄貴」スタイルでチームを導いた。彼は「勝たなければならない。なんとしてでもやれ」とどやしつけることはせず「よくやるために何が必要なのか」を問うスタイルだ。李鍾範は気軽に後輩たちと接した。日本で開かれた1ラウンドでは、日本野球を経験した「日本通」らしく後輩たちを韓国料理店の多い赤坂に連れ出して気分転換をさせた。といってもグラウンドではわれ先にと真剣にトレーニングに臨んだ。16日の韓日戦でセーブをあげた呉昇桓(オ・スンファン、三星)は「偉大なる先輩たちが率先してやってくれた。こんなに家族的な雰囲気のチームははじめて」と李鍾範がリードした「チームケミストリー」が韓国の善戦のベースになったことを明らかにした。

 イチローはメジャーリーグ最高峰のスーパースターだ。彼は「スターのカリスマ」で日本をリードした。選手たちは彼に近づくことさえできず、周りでもてあましていた。しかし李鍾範は自分を立てずに自ら選手たちに近づいた。そうして家族のように1つになった。そのリーダーシップの差が韓国野球と日本野球を明と暗に明らかに分けた。

 彼らは19日、3度目の対戦する。

アナハイム=李泰一(イ・テイル)記者 <pinetar@joongang.co.kr>

朝鮮日報 2006/02/24 11:43

【WBC】李炳圭「イチローは李(イ)チロ」

李炳圭 22日の福岡ドーム。外野でランニングをして戻ってきた李炳圭、イ・ボムホ、李晋暎(イ・ジンヨン)が仲良くダックアウトに座る。「戦った相手が“向こう30年は日本に手は出せないな”という思いになるほどの勝ち方をしたい」と言ったイチローの言葉が話題になった。

李炳圭「野球はあんなに上手いのにマナーは守らないとねえ。あいつら(日本代表チーム)どこに泊まってる?」

イ・ボムホ「(同調するかのように息巻きまがら)俺たちと同じホテル(シーホークホテル)の14階に泊まってますよ」

李炳圭 「(ひざをポンと叩いて)よし、今度会ったらビシッと一言言ってやる」

李晋暎「(ニヤリと笑いながら)でも兄貴、日本語ができないじゃないですか」

李炳圭 「(肩をいからせながら)何てことは無い。ただ、怒った顔で話せばいいことさ。野球をやる人間なら勘がいいから、話すことが全部わかるはずさ。俺たちと同じ宿所だと?でも、どうして一度も会えないんだ?どうして俺のところにあいさつに来ないんだ?」

イ・ボムホ「(あきれたように)イチローのほうが兄貴より年が上ですよ。今年33歳ですよ。むしろ兄貴のほうから行かなくちゃ」

 イチローは1973年生まれ、李炳圭は74年生まれだ。

李炳圭 「(ちょっと考えあぐんだ末に)イチロー、あいつはどこの李(イ)氏だ?イ・チロ(イチローを韓国語風の読みに変えたもの)だろ。族譜(一族の系図)持って来い。俺のほうが(族譜上)上に決まってる。すぐ来るように言え!」

 李炳圭のこじつけにイ・ボムホと李晋暎は言葉を失う。

福岡=キム・テヨン特派員

『スポーツ朝鮮』

朝鮮日報 2006/02/26 11:29

【WBC】イチローは「野球天皇」

 福岡ヤフードームでのWBC日本代表チームの練習。日本の取材陣約200人の目が一人の選手の動きだけを追う。10台以上のテレビ局のカメラ、40台を超えるカメラを構えたすべての取材陣の関心を一身に受けている人物がいる。イチローこと鈴木一朗(33/シアトル・マリナーズ)だ。

 メディアが現代版ヒーローを生むという言葉は、イチローに向けられた日本のマスコミの態度からしみじみ実感できる。日本の取材陣はイチローとともに現れ、イチローがいなくなると引き潮のように去っていく。松坂大輔(25・西武ライオンズ)、松中信彦(33・ソフトバンク)といった日本のプロ野球を代表する一流選手たちも数多くいるが、イチローに注がれる関心に比べれば彼らはまったく微々たる存在にしか見えないほどだ。

 「イチローの神格化作業」とも思える日本のマスコミの過熱報道ぶり。日本のプロ野球を経験したWBC代表チームの宣銅烈(ソン・ドンヨル)投手コーチはこれについて明快な解釈を下す。

 「日本は天皇を崇拝する国じゃないですか?」

 イチローと肩を並べる松井秀喜(32/ニューヨーク・ヤンキース)にはない端麗な容姿、日米の球界で頂上に上り詰めた実力、親近感よりはカリスマが要求されるスターマーケティングの趨勢。現在、日本でイチローはまさに「野球天皇」として崇拝されている。イチローはマスコミに対し非協調的なことで知られているが、これさえもカリスマとして容認されているようだ。

 天皇の言葉は日本の全国民を団結させる。「野球天皇」イチローもこのことをよく知っているようだ。「戦った相手(韓国を指すものと思われる)が“向こう30年は日本に手は出せないな”という思いになるほどの勝ち方をしたい」という発言は、韓国代表選手を刺激し、日本代表チームが一致団結する効果を発揮している。天皇の一言はこのような力があるのだ。

 メジャーリーグの頂上から滑り落ちた「コリアンエクスプレス」朴賛浩(パク・チャンホ)。日本のプロ野球でこれから正念場を迎える「国民打者」イ・スンヨプ。韓国版「野球天皇」の不在が惜しまれるWBCだ。

福岡=キム・テオプ特派員

『スポーツ朝鮮』

中央日報 2006.03.17 19:07:30

【噴水台】屈辱

 「身長175センチ、体重77キロの東洋から来た小さな巨人」。日本野球の象徴で代表チームの看板スターである鈴木一朗選手(33)だ。2001年の米メジャーリーグ進出後、彼の通算打率は何と3割3分2厘。2004年には262本の安打を放ち、メジャーリーグのシーズン最多安打新記録をつくった。1920年以降破られなかった記録を84年ぶりに更新したのだ。101年の野球史を塗り替えている日本の自尊心だ。日本人らはイチローを‘野球の神’と呼ぶ。「先端科学施設が作り出した野球マシン」という。

 彼の成功の秘訣は徹底した自己管理だった。小学生のころ父の勧めで野球を始めて以来、他の人の2、3倍以上の練習をした。彼は「今まで一度も自分との約束を破ったことがない」と語った。「人に負けるのは死ぬことよりも嫌なこと」と言った。自尊心を守るためにそれだけの努力をした。打席に入ると、まるで刃物を抜いたようにバットを立るため、かつての日本の‘サムライ’に例えられたりもした。それほど寡黙で慎重だった。

 だから彼の一言一言は関心の対象になった。メジャーリーグ入城時は「自分に限界はない。それは弱い人間が使う単語にすぎない」として覚悟を固めた。その通り、彼はわずか4年目で不滅の金字塔を打ち建てた。「野球場をカンバスにした芸術家」という言われるのに十分な資格があった。「打席に入るのが待ち遠しかった。負担はなかった。それが今までの私の人生のすべて」とし、自分の大記録を評価した。日本の出版社は小学生の教科書に「イチロー 果てしなき夢」を載せたりもした。

 そのイチローが唯一、韓国戦に関しては刺激的な言葉を残した。韓日スーパーゲームが開かれた97年には「ボールからニンニクの臭いがのせられてきてクラクラする。ボールが打てない」と語った。今回のワールド・ベースボール・クラシックを控えて「韓国野球に30年は日本に手を出せないと思わせたい」と大言壮語した。16日に韓国に敗北した後には、「私の野球人生で最も屈辱の日」と憤りを隠せなかった。汚い言葉を吐きながらとフェンスを蹴る‘侍イチロー’の姿がメディアに大きく報道された。絶対強者の崩れた表情に市民が久々に痛快な気持ちになっている。朴賛浩に尻を蹴られる‘イチローの屈辱’と題された合成写真がインターネットでは最高の人気だ。屈辱という単語に込められた二重性がはっきりと表れた場面だ。

パク・ジェヒョン社会部門次長

中央日報 2006.03.22 20:51:13

【噴水台】王貞治

 打率1割6分1厘に72三振。 本塁打はわずか7本。 読売ジャイアンツ入団初年の1959年、王貞治の成績表は散々だった。 ポジションは一塁手。 初安打は27打席目に出た。 本塁打ではあったが。 成績は3年目まで低調だった。 「王は王だが三振王」と皮肉られる。

 彼がスラッガーに生まれ変わったのは62年。 一本足打法を体得してからだ。 タイミングをとるための苦肉の策が当たった。 その年に38本のアーチを描きながら、一躍、本塁打王にのし上がった。 その後、彼は日本プロ野球の記録製造機になる。 7試合連続本塁打に本塁打王15回、打点王13回、最多出塁12回、MVP9回…。 「世界の王」と呼ばれた。 彼のバットをけん制する方法はいくつかあった。 敬遠はその筆頭だ。 このため62年から18年連続で‘四球の王’の座も手放さなかった。 広島は守備の時、野手6人を打球がよく飛ぶ右側に布陣させたりもした。

 通算本塁打は868本。 メジャーリーグのハンク・アーロン(755本)より多いが、世界の本塁打王としてキネスブックには記録されていない。 日本の球場が狭いという理由からだ。 「自分のバッティングができない」。80年、彼は22年間の選手生活を終える。 背番号1番はジャイアンツの永久欠番になった。 しかし彼の人気はチームメートの長嶋茂雄に押された。 在日台湾人であるからだろう。 今でも彼は中華民国(台湾)国籍を持つ。

 野球指導者の道は順調でなかった。 84年から5年間、ジャイアンツの監督を務めたが、リーグ優勝1回に終わる。 95年には万年最下位のダイエー・ホークス(現ソフトバンク・ホークス)の采配をとったが、ありったけの侮辱を受ける。 「頼むから止めてくれ、貞治」。 観客席では「お前たちはプロか?」という横断幕が翻った。 チーム専用バスに怒った観客から卵が投げられた。 忍苦の歳月−。 彼はホークスを一流チームに変身させた。 日本シリーズを2度も制覇した。

 彼の哲学は繋ぎの野球。 自分の本領とは違い、盗塁・短打・バントを軸とするスモールベースボール(small baseball)を重視する。 おもしろい野球ではなく、勝つ野球だ。 彼が21日、日本代表監督としてワールド・ベースボール・クラシック(WBC)を制して胴上げの洗礼を受けた。 監督としても‘世界の王’になった。 運が伴った。 「こうほどプレッシャーが大きいとは思わなかった。野球はスポーツの中でも最高だ。世界に日本の野球を認識させた」。

呉栄煥(オ・ヨンファン)政治部門次長

参考記事

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