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韓国初の女性飛行士は”親日派”?

朝鮮日報 2005/12/22 12:02

『青燕』パク・ギョンウォン親日派論争、ネチズンが舌戦を展開

映画『青燕』韓国最初の女性飛行士パク・ギョンウォン ”親日派(売国奴)”の烙印を押され抹殺されるのか?

 29日の公開を控え、チャン・ジニョン、キム・ジュヒョク主演の映画『青燕』にネチズンたちが過剰な反応を示している。

 『青燕』は1925年を背景に、韓国最初の女性飛行士パク・ギョンウォンの人生を描いた映画。現在ネチズンたちは韓国最初の女性飛行士パク・ギョンウォンが親日派の一人であると主張し、「映画を見るのをやめよう」という意見や「映画を見てから評価しよう」という意見に分かれてさまざまな議論を展開している。

 パク・ギョンウォンは2002年3月当時、「民族精気を立てる議員の会」が発表した親日派708人中、「日本による併合以降の受爵者“パク・ギョンウォン(男爵)”」となっている。

 ネチズンは現在、各種インターネットポータルサイト芸能掲示板に投稿し、パク・ギョンウォンについて「親日派だ」「親日派でない」と舌戦を展開。さらには「映画を見るのをやめよう」「映画を見て判断しよう」と意見が分かれ、具体的な根拠などを提示しながらそれぞれの主張を繰り広げている。

 パク・ギョンウォンが親日派であると主張し投稿したネチズンたちは、パク・ギョンウォンに関する新聞記事を引用、「パク・ギョンウォンは、日本帝国主義の飛行士最高の栄誉である『日満親善 皇軍慰問 日満?絡飛行』の飛行士に選ばれたりもした」とし「親日派であるパク・ギョンウォンを映画の素材に扱ったのは間違っている」と主張している。

 これとは逆に「パク・ギョンウォンは自発的親日派ではない」という意見もちらほら見られる。ネチズンらは「パク・ギョンウォンには具体的な親日行跡がない。新聞記事でたかだか親日行跡論争が起こったといっても、親日派とはいえない。また、民族問題研究所でも親日派に規定されていなかった。特に、パク・ギョンウォン自身が朝鮮人であることを否認しなかった」と意見を述べた。

 ネチズンはこうした「パク・ギョンウォン親日論争」にとどまらず、「映画を見るのをやめよう」「映画を見た後判断しよう」と意見が分かれ、舌戦を繰り広げている。

 掲示板に投稿したネチズンらは「親日派であるか、そうでないか、映画を見た後に判断しよう」「親日派であろうとなかろうと、こうした議論の余地がある人物が主人公となった映画を見てはいけない」などさまざまな主張を展開している。

朝鮮日報/STARNEWS

朝鮮日報 2003/06/23 19:18

【6月24日】女性パイロットの朴敬元が出生

 韓国初の女性パイロット 朴敬元(パク・ギョンウォン)が1901年6月24日に生まれた。操縦士として日本に知られたのは、1927年1月の「3等操縦士試験」に合格してからだった。

 当時の東京・朝日新聞は「朝鮮出身の女性飛行士1号誕生」という見出しの記事を掲載し、彼女の存在を伝えた。

 故国の空を飛びたかった朴敬元にチャンスが訪れたのは1933年。ソウル軽油で中国・長春まで「日・満親善、皇軍慰安」のための長距離飛行が許されたのだ。

 操縦する飛行機がない彼女に救援の手をさし伸ばした人は、小泉純一郎・日本首相の祖父である小泉又二郎・逓信相だった。以降、2人は神社参拝に同行するなど会うことは頻繁になり、2人のスキャンダルが日本新聞に取り上げられたりもした。

 1933年8月7日午前、朴敬元が2000キロの飛行のため、故国に向かう「青燕号」を操縦して羽田空港を離陸した。

 しかし、離陸から50分で彼女の“愛機”は箱根の中腹に墜落してしまった。青燕号の胴体は真っ二つになり、朴敬元はハンドルを握ったまま死亡した。

金ジョンヒョン記者