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台風14号

中央日報 2005.09.07 19:31:23

<取材日記>台風14号に徹底対処した日本

 6、7日に日本を襲った台風14号が、九州地方を中心に24人の死者・行方不明者を出した。 決して小さな被害ではない。 しかし専門家らは「この程度なら不幸中の幸い」と口をそろえる。 それもそのはず、台風14号は秒速25メートル以上、暴風半径300キロの大型台風だからだ。 米ニューオーリンズを襲ったハリケーン「カトリーナ」よりも規模は大きかった。 さらに最近は、日本の海水面が1年のうち最も高い時期。 ちょうど「カトリーナ」へのまずい対応でブッシュ米政府が追い込まれているところだったため、日本の災害対策には自然と関心が集まった。

 日本政府は台風上陸前日の5日、危機管理センターを設置し、関係省庁会議を開いた。 住民の避難場所確保、自衛隊および消防庁など機関間の業務協調案を点検した。 この席で24万人の避難場所や食料供給案などが決定された。

 自民党も5日、台風対策室を設置し、地域単位組織に緊急支援方針を伝えた。 小泉首相は6日、「有事の際、直ちに官邸に復帰できるよう東京近隣だけを回る」とし、当初予定していた1泊2日の地方遊説日程も変更した。「政権の死活がかかる総選挙を5日後に迫っているため、1カ所でも多く回るべき」という意見もあった。 しかし小泉首相は、国民の生命と政権の死活のうちどちらが重要かは自明だとして一蹴した。 「カトリーナ」が上陸した翌日まで、友人とバカンス地でパーティーを楽しんでいたブッシュ大統領とは全く違う。

 日本政府の安全意識はこれで終わらない。 日本国土交通省は7日、「ニューオーリンズの洪水現場と決壊した堤防を精密調査するため、専門家と公務員で構成された現場検証班を派遣する」と明らかにした。 日本は1959年に5500人の犠牲者を出した伊勢湾台風以降、全国の堤防と防波堤を全面的に再整備し、毎年予算を投入しながら徹底的に点検している。 それでもニューオーリンズの失敗から得る点を探すため、検証班を派遣することにしたのだ。 「安全大国」の底力が感じられる。

金玄基(キム・ヒョンギ)特派員 <luckyman@joongnag.co.kr>

朝鮮日報 2005/09/08 07:32

災難通報、消防防災庁よりNHK頼みとは

 今年3月20日、日本の福岡で発生した地震・津波の際に、気象庁と消防防災庁がどう対処したかを点検した監査院の監査結果が公表された。いったいこんな政府に、果たして国民の生命保護を任せていてよいのか疑問を抱かざるを得ない内容だ。

 福岡沖で地震・津波が発生した直後、日本の気象庁はわずか4分で地震・津波注意報を出した。

 韓国の気象庁はその1分後、日本の気象庁から詳しい地震・津波情報を入手した。にもかかわらず、気象庁の当直者たちは、注意報を発令するかどうか迷い、時間を費やした。注意報の発令基準が、「大規模な海底地震による津波の発生が懸念されるとき」という曖昧な表現で規定されていたからだ。

 福岡から釜山(プサン)まで地震・津波が到着する時間はおよそ37分かかると言われる。気象庁は日本からの通報を受けた後、17分間を浪費した末ようやく注意報を発令した。

 津波が発生する際、もっとも大きな被害を受ける地域は海岸地帯だ。しかし、海岸地域78の市郡区のなかで、18か所は気象庁の注意報通報対象から外されていた。

 慶尚(キョンサン)南道・災難状況室に送った注意報は、道路課に伝えられた。身内の気象庁長に送るはずの通報は、現職でなく前職の気象庁長の自宅に送られた。

 消防防災庁は、昨年まで520億ウォンを投入し、国家安全管理システム(NDMS)という災難状況伝播システムを構築して、「30分以内の住民避難」が実現したと大言壮語していた。

 しかし、監査院が模擬訓練を行なったところ、消防防災庁状況室の要員が地震・津波が発生したという練習用メッセージを入力するのに15分がかかった。

 そのメッセージを20分以内に受信した地域は、全体234の自治体のうち、34か所に過ぎなかった。日曜の夜のため、152か所は状況室の職員が不在しており、48か所は状況室の職員が勤務していたが、モニターを見てもいなかったといわれる。

 監査院は福岡地震・津波の当時、釜山市・機張(キジャン)郡の災難管理課の公務員オ・ミヨンさんが、模範的な対処を行ったとし、オさんに表彰を与えるように釜山市に通報した。

 オさんは当時、自宅が揺れると、当直室に出勤し、日本のNHK放送を見て、地震津波発生を確認し、管轄の邑・面(ウプ・ミョン/韓国の行政単位)に住民避難を通報したという。

 大韓民国の災難担当公務員が災害にきちんと対処するためには、日頃から日本の放送に注意している必要があるという笑うに笑えない現実を物語るケースだ。