韓国政府は横領した日本からの戦時補償金を返せ

朝鮮日報 2005/01/18 10:03

【韓日条約】「私たちを売り渡し経済発展…、もう返してくれてもいいじゃないか」

 17日午後1時、鐘路(チョンロ)区・安国(アングク)洞のヌティナムカフェの記者会場。

 キム・ギョンソク(79/太平洋戦争韓国人犠牲者遺族会代表)さんがぶるぶる震える手でマイクを握った。

 「韓日協定(条約)当時、私たちを売り物にしてもらった金で、浦項製鉄も高速道路も作り、中小企業も育てた。もう返してくれてもいい時代になったじゃないですか。プラスして、プラスして、利子をプラスして返してくれてもいい時代になったじゃないですか。太平洋戦争被害者たちは今日も明日も死んで行きます。私たちが少しでも生きている間に、どうかお願いします」

 キムさんは被害の補償を受けるため、外交部を相手に文書公開訴訟を主導した張本人だ。キムさんもやはり18歳の時、日帝に強制連行された徴用被害者だ。

 1991年、日本鋼管株式会社(NKK)を相手取り、損害賠償請求訴訟を起こし、8年後の1999年4月、補償金410万円を受け取った。戦後被害当事者が日本企業を相手に補償金を受け取ったのはキムさんが初めてだった。

 「私はこれまで数百回も日本を行き来しました。その度に向こうが主張したのは、『韓日協定ですべての話は終わった』ということ。『何が終わったのか』、『なぜ終わってしまったのか』 実状を知りたくて、(韓国)裁判所に文書公開を促す訴訟を起こしました。紆余曲折の末、手がかりは掴めました。しかし、これで満足することはできません」

 「いい加減な協定しかなく、これでまたどれだけ長く、戦わねばならないのか…。今、太平洋戦争犠牲者は今日も死に、明日も死んで行きます。毎日死んで行くのです。高齢の彼らの望みは、いわゆる補償というものを受け、薬でも買いたいというのが率直な心境です」

 キムさんは「文書が公開され感無量だが、文書の内容はむちゃくちゃだ」とした。「盗んだものを勝手に取引しているような協定です。国が国民を売り渡してはいけませんよ」と話した。

 キムさんは声を詰まらせた。周りのお年寄りも涙をぬぐった。続いて、赤いベストを着た女性がマイクを取った。日本軍慰安婦被害者のイ・オクソク(83)さん。イさんは静かな声で話した。

 「私は被害補償、そんなことはよく分かりません。ただ、私が経験した事, 日本軍に苦しめられたことを考えると、涙が出ます」

 イさんは「慰安婦女性があんなにもたくさん病で苦しみ死に、集団虐殺されたのに、日本政府がなかったことと言えるのか、到底理解できない」とし、「日本にも見捨てられ、韓国も私たちを無視すれば、一体私たちは誰を信じればいいのか」と涙を流した。

 原爆被害者のクァク・ギフン(81)さんも「文書の内容を見れば、韓国政府の交渉能力は情けない限り」とし、「外国の人たちは日本に行って十分な補償をもらっている。私たちも自らの権利を確保し、世界にいい事例を示すべき」と話した。

申知恩(シン・ジウン)記者 ifyouare@chosun.com