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韓国を捨てる遺族

朝鮮日報 2005/04/24 20:08

「西海交戦」戦死者の夫人、政府に失望し米国へ

「西海交戦」戦死者の夫人、政府に失望し米国へ 2002年にぼっ発した“西海(ソヘ)交戦”で戦死した故ハン・サングク中士の夫人、キム・ジョンソン(33)さんは24日、仁川(インチョン)空港のイミグレーションでついに涙を流した。「泣くまいと思ったのに…」としながらも、感情が溢れ出るかのように涙を流し続けた。手を振ってくれる人もいない“1人ぼっち”の出国だった。

 西海交戦の戦死者追慕本部代表だったキムさんは、この日、故国に背を向け、1人米国行きの飛行機に乗った。祖国を守るため、戦艦の中で砕け散った夫が、この世から忘れられていくことが最も無念だったと話すキムさん。「私が望むのは、経済的な補償ではなく、国を守って殉国した人々に対する政府と国民の愛情だった」と繰り返した。

 しかしこれまで3年間、状況は正反対のものだったという。最初から微々たるものだった政府の関心は、1年も経たないうちに消えていった。1周期の時も、2周期の時も担当長官や政府の高位関係者は、姿を現すどころか、慰めの手紙1通も送って来なかったという。数多くの市民団体のうち、力になりたいと率先する所はほとんどなかった。「軍人は名誉と自らを誇る気持ちで生きていく職業だと思います。多くの収入を得たいと願っていたならば、夫はほかの職業についたでしょう」

 キムさんは北朝鮮に対し、断固たる態度を見せながらも、50年余前の韓国戦戦死者の遺骨を探すことだけには、年間数百万ドルを北朝鮮に支給している米国政府のことを思い浮かべての話だろうか。

 「今日、大多数の国民の平和な毎日の暮らしは、祖国のために命を捧げた犠牲者がいたからこそ可能なものと思います。戦死または負傷した軍人に対する無関心と冷たい待遇が今後も続くとすれば、果たしてどの兵士が戦場で命をかけるでしょうか。どうか、これからでも殉国者を称賛する気持ちを持ち、そのような精神が尊重されて欲しい」

 キムさんは故国の地で最後にこの言葉を残したまま、飛行機に乗った。

タク・サンフン社会部記者 if@chosun.com

朝鮮日報 2006/01/18 14:14

異国の地での厳しい人生、それでも韓国よりいい

 過去50年間、急速な社会的、経済的発展を遂げた韓国。今や世界を牛耳るグローバル企業があり、オリンピック、ワールドカップでも成功を収めた誇らしい祖国であるが、この国が嫌になって背を向ける者も少なくない。22日夜10時55分に放送されるSBSテレビ『SBSスペシャル−韓国を離れた人たち。彼らの語る大韓民国』は、こうした人たちの話を伝える番組だ。

 1999年のシーランド火災事件当時に長男を亡くし、政府の手ぬるい対処に失望し、全ての勲章や表彰状を返して韓国を離れた元フィールドホッケー韓国代表選手キム・スンドクさん。ニュージーランドに移民した今でも韓国料理や韓国の物にこだわりながら生活し、ここで生まれた末っ子のシヒョンが韓国人として育つことを望んでいた。しかし7年の歳月が過ぎても、また韓国に戻ることには否定的だった。

 昨年4月、単身で韓国を離れた西海交戦戦死者の未亡人キム・ジョンソンさんの米ニューヨークでの生活も紹介される。朝4時に起きて食堂で辛い仕事をし、体がきつくても誰も面倒を見てくれない生活。だが、キムさんは「もう韓国には戻らない」と言い切る。

 自分の意思によらず韓国を離れなくてはならなかった者たちの事情もある。スウェーデンに住む韓国人の養子縁組児たち。彼らは自分たちを「韓国人」とは呼ばず、「韓国から来た養子縁組児」という呼び名にこだわった。現地人より高い自殺未遂率、犯罪率を抱えて生きていく彼らの考える韓国についても番組は伝える。

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