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韓国に媚びる日本人:智辯学園 藤田照清理事長

朝鮮日報 2005/04/20 19:51

奈良高校の韓国修学旅行「31周年」 特別な韓国への愛情

 20日午前11時、京畿(キョンギ)道・龍仁(ヨンイン)市にある韓国民俗村の入口でのことだ。制服を着た350人余りの日本人高校生らが記念撮影をしようと並んでいた。大阪にある智辯学園奈良高校2年の生徒たちだった。この高校生一行は18日から慶州(キョンジュ)や景福宮(キョンボックン)など韓国文化の史跡を4泊5日の日程で見学している。

 奈良高校の韓国修学旅行は今年で31年目。1年も欠かしたことがなく、2年生は全員がが韓国に来ている。智辯学園の藤田照清理事長(73)韓国に対する格別な愛情とこだわりのためだ。新型肺炎「重症急性呼吸器症候群(SARS)」の発生により海外旅行が敬遠された2003年度も、藤田理事長が保護者らを説得、生徒たちを韓国に連れてきた。谷口(62)校長は「10年前から週1回で韓国語の授業をしている程、智辯学園と韓国の関係は特別」と話した。

 民俗村内の韓国食堂で石焼ビビンバを注文したムトウ・マイ(16)さんは、ビビンバが出てくるとコチュジャンをスプーン一杯にすくってご飯と交ぜた。「日本でもよく食べていた料理なので美味しいです。キムチやコチュジャンも大好きです」

 ヤマダ・タカヒロ(16)君に「韓国の子どもたちが独島(トクト)の話をするのを耳にしたか」と聞くと、「韓国語だから聞き取れなかった。韓国に来る前、担任の先生から独島や歴史の問題について話しかけられても相手にするなと言われた」と正直に語った。

 伝統衣装を着たヨッチャンス(飴商人)の前で記念写真をしていたキリイ・タマキさんは「出国する前に両親から、韓国に行ったら韓国式に行動すれば目障りにならないと言われた」と話した。

 韓国の小学生たちが数人集まってきて「独島は韓国のもの!日本は出て行け」と言った。韓国人ガイドたちは顔が赤くなった。しかし日本人の生徒たちは笑いながらこの子どもたちを不思議そうに見つめるだけだった。教師のトヨサキ・ヨシノリ(55)さんは、「これまで韓国人がうちの生徒たちに嫌な言動を見せたことは1度もなかった」と話した。

 藤田理事長は「私たちの学校では最近問題になっている扶桑社の教科書を採択しなかった」とし、「これから大切なのはうちの生徒たちが韓国に親近感を持って、正確な事実を知ること」とした。また、「韓国の修学旅行があと4年で35回目を迎える」とし、「過去の日本の植民地統治35年をしょく罪する意味でも、あと4回は必ず韓国に来るだろう」と話した。

チョン・アヨン記者 hotaru@chosun.com

朝鮮日報 2004/04/21 18:39

「30年連続で韓国に修学旅行」 日本智辯学院の藤田照理事長

 「40年近く韓国を支配した日本の過去の過ちを生徒たちに見せ、謝罪するために来ました」

 21日午後、ソウル・景福宮(キョンボックン)の民俗博物館入り口。制服を着た約650人余の日本人高校生が博物館に入るために並んでいた。蒸し暑い気候の中、多少疲れた表情を見せている高校生らの前で、スポーツ刈りスタイルの白髪の男性が説明をしていた。

 この男性の名前は藤田照(73)さん。ここを訪れた高校生たちが通う日本智辯学院の理事長をしている藤田さんは、韓国を訪問した理由についてこのように説明した。

 藤田さんは「修学旅行がてら、75年から現在まで30年間毎年韓国を訪問しています」とし、「私と一緒に韓国に来た生徒たちが今では1万5000人以上になります」と話した。

 藤田さんが最初に生徒たちと訪韓した目的は日本の文化の源流を探すためだった。藤田さんは「智辯学院のある奈良地方の古代文化とされている大和文化は韓国から始まった」とし、「子どもたちにこのような事実を教え、大和文化の根を探すために韓国を訪問し始めた」と話した。

 文化的な理由から始まった韓国行きに“謝罪”の意が加わったのは約10年前。訪問を繰り返しているうちに知り合いになった韓国人たちから、1910年から36年間、日本の植民地統治のもとで韓国人が受けた苦痛がどのようなものだったかを生々しく聞かされたからだ。

 藤田さんは植民地支配を受けた韓国人たちの話をひとつひとつ聞きながら、日本の幼い生徒たちにもこのような教育が必要だと感じた。一時、生徒と教職員の間から修学旅行地を変えようという意見も挙がったが、藤田さんは更に韓国行きを固執した。

 この30年間の韓国の変化を実感するのは何かという質問に、藤田さんは「麦飯」だと答えた。

 藤田さんは「1975年頃までは韓国のどの食堂に行ってもご飯に麦飯が交ざっていたため、生徒たちに大変不評だった。しかし今では麦飯など見つけることも難しくなった」と話した。また、「90年前後は4月に韓国に行くと催涙弾ガスで目を開けることもできなかった」とし、「まるで60年代の日本の大学を見ているようで、生徒たちにもうひとつの教育の場となった」と回想した。

 今月19日、釜山(プサン)経由で訪韓した藤田さんは、生徒たちと慶州(キョンジュ)、非武装地帯などをまわった後、22日に観光公社から「韓国修学旅行30周年」を記念する感謝牌を贈呈されることになっている。

ハン・ジェヒョン記者 rookie@chosun.com