テッキョンこそ中国拳法の源流!!すべての武芸家はウリに謝罪と賠償(略

電波ソース

趣旨

中国武術の歴史はあまり長くないということが分かる。これは高句麗全盛期と、何と600年以上という時間差がつく。古代中国の歴史の記録に武術についての内容がないというのは信じ難いが、とにかくこれを通じて、隋,唐のような古代中国王朝は、基本的な記述はあっただろうが、武芸についての体系が全く把握されていなかったことは推し量ることができよう。
確かに高句麗にもやはり確実な考証資料はないが、古墳壁画に現れたシルム,手搏を行なう姿が高句麗人の生活像ならば、当時の高句麗の武芸水準は隋,唐とはさぞ違っただろう。
宋と同時代である高麗だけ見ても、「手搏」という武芸についての記録がたくさん見られるが(もちろん、高麗史は後代王朝である朝鮮で記録した歴史書物であるが、)これは高句麗から伝えられてきた手の技を多く使用する武芸を称していると思われる。
【起原に関する物だけ抜粋】


粉砕1
粉砕2
粉砕3

趣旨

そもそも少林寺が皇帝ご用命の武術総本山となったのは617年の唐代初期。
この時点でテッキョンは体系化されているものとして成立していない。
また、壁画の図をもってテッキョンが存在した証とする場合、そこには説明書きが存在する必要もあるが、それは全く書かれておらず壁画の人物が何をしているかさえわかっていないので拡大解釈、というよりねつ造。
またある程度形が作られたとする時代にはすでに五形拳は成立しており、ここでも矛盾。
また朝鮮から中国への武芸の導入は皆無であるとは言えないが、少なくとも中国拳法全体の源流というのはあまりにも言い過ぎである。
追記すれば朝鮮のテッキョンと同じ系流の武道・武芸があった場合、どちらが本流かは言明できないが、他の文化を見ると中国からと言う流れの方が自然。

感想

もうね、アフォ(略
そもそもテッキョンの持つ「ゆらゆら」などと言った概念は太極拳的なものであり、これは武道や武芸というよりも「健康体操」というのが正しい。
さらに直線的な動きはないとしているが、画像を見ると、初心者の空手の動きによく似ている。
このように、韓国のねつ造の一番顕著な物は後期に成立した物を歴史をさかのぼり資料のない時代について無理矢理関連づけするという傾向にある。
この辺は朝鮮半島、特に韓国文化の心理に極めて重要な傾向を示唆している。
細かくはまたあとで。
また、空手についてどのように影響を与えたかについてはそもそも中国への影響はないのであり、空手の首里手と呼ばれる分野や古流については明らかに「手」とされる琉球独特の体術であり、那覇手と呼ばれる物も現在失伝の中国拳法にその根をハケーンすることが出来る。
故に完全な誤り。